ここ数年伸びに伸びているYouTuberに
予備校のノリで学ぶ「大学の数学・物理」
通称「ヨビノリ」のたくみ(敬称略)がいる[1]。
現在では登録者数が30万人を超え、
理系大学生向けの授業動画という
超ニッチジャンルで大躍進を果たしている。
この大躍進を支えたのが
「ファボゼロのボケすんな!(ベシッ)」という
彼の持ちネタである。[2][3][4][5]
本稿では、このネタを既存のボケと比較し、
「ファボゼロ」の字面とは異なり
非常に高度なボケの構造を持つことを明らかにする。
ファボゼロのボケとは
ファボゼロのボケとは、
Favorite(現在でいうTwitterのlike)
が1つもつかないようなボケ
のことである。
このファボゼロのボケは、
たくみの初投稿動画から登場している[5]。
(余因子展開で行列式を求めることに関して)
たくみ「中にはね、なんか他の方法でも習ったなー
って人がいると思うんだけどもー」
生徒役「なんかネット用語のような公式でした」
「あー!先生先生!晒す、晒すの公式だ!みたいな」
たくみ「…」
「ファボゼロのボケすんな!(ベシッ)」
「晒す、えっと、サラスの公式だろ」
「もうね、こういう0点のボケをする人は
大学生活心配なんだよね。
大丈夫?友達いる?いない?」
「同じだね、じゃあ(笑)」
サラスの公式の「サラス」を
「晒す」と言い間違える短絡的なボケのことを
ファボゼロのボケと称している。
2020年2月現在では
単に動画中のボケが滑ったことを指して
ファボゼロのボケと揶揄されることがあるが、
厳密にそれはファボゼロのボケではなく
ただ滑っているだけである。
あくまでファボゼロのボケとは
たくみのミニコント中の生徒のボケであり、
単発のボケを指す言葉ではない。
このことから本稿では、
以上のミニコント全体を指してファボゼロコント、
その中の生徒役のボケをファボゼロのボケ
と呼ぶこととする。
以下ではこのファボゼロコントの構造を明らかにする。
ファボゼロコント、ファボゼロのボケを検証するため
まずは一般的なボケの性質を確認しておく。
一般的なボケとは
まずはwikipediaの説明を見てみる[7]。
ボケは話題の中で面白い事を言うことが期待される役割である。話題の中に明らかな間違いや勘違いなどを織り込んで笑いを誘う所作を行ったり、冗談などを主に言う。
(中略)
もともとボケは、そのとぼける行為によって笑いを誘うことが多かったことからとぼけ役と呼称されていた。
以上は漫才における役割としてのボケだが、
本稿で考えるボケとは「ボケ役が行うボケ行為」
のことであることに注意されたい。
これに注意するとボケとは、
明らかな間違いや勘違いにより笑いを誘う所作
であり、もともとはとぼける行為が多い
ということがわかる。
またボケの定義を明確にするために
ツッコミについても触れておく。
一方、その相方は、ボケの間違いを素早く指摘し、笑いどころを観客に提示する役割を担う。ボケの頭を平手や軽い道具で叩いたり胸の辺りを手の甲で叩いて指摘する事が多い。この役割はツッコミと呼ばれる。
この説明中の「ボケの間違いを」からも、
ボケが「明らかな間違いを作る行為」であることがわかり、
ツッコミはそれを指摘し、訂正する行為であることがわかる。
またボケをより詳細に理解するために
フリとオチの存在にも言及する必要がある[8][9]。
フリとはある結末を予想させる行為、
オチとはその予想を裏切る行為である。
つまり「明らかな間違いを作る」とは
フリによって結末を予想させ、
オチによって間違いを作ることであるから、
ボケとはフリとオチの組みからなると言える。
以上をまとめれば、ボケとは、
フリで予想させ、オチで間違いを作る
ことによって笑いを誘う所作
であることがわかる。
この定義の妥当性に関する研究に、
ボケを18種に分類した既存研究がある[10]。
そこに取り上げられた具体例から
いくつかをここに引用しておく。
言葉選びボケ
おきまりのフレーズをもじる、
やたらと韻を踏むなどがここに属する。
岩尾『今、その指に光ってるのは』(フリ)
後藤『これですか?』
岩尾『ニベアですか?』(オチ)
後藤『なんでニベアを塗りたくんねん』(フォロー)
岩尾『結婚ニベア』(オチ)
後藤『いやいや、指輪。なんでニベアを塗んねん』(フォロー)
「今、その指に光ってるのは」
というフリによって結婚指輪を予想させ、
「ニベアですか?」と予想を裏切っている。
体ボケ・顔ボケ
体や顔を使ったボケ。
この具体例にフリは含まれていないが、
日常では手を頭上まで上げることが
常識になっていること自体がフリになっている。
逆に腰であげる動作が日常的に起こる場合、
フリがないためボケとして成立しない。
すかしボケ
期待をさせておいてそれを裏切るボケ。
イチ押しを紹介したにも関わらず、
それと違うメニューを頼む、という、
定義通りのボケとなっている。
一般的なボケのまとめ
その他のボケに関しても同様に
フリとオチを分類されているので、
興味があればそちらを参照されたい。
本稿では、
フリで予想させ、オチで間違いを作る
ことによって笑いを誘う所作
というボケの定義に照らし合わせ、
ファボゼロのボケに関して考察を行う。
ファボゼロのボケの構造
以上を踏まえてファボゼロコントの構造を考察し、
このコントが単なる「つまらないボケ」ではなく
独自の構造を持つことを明らかにする。
まずはファボゼロコントの初登場を再掲しておく。
(余因子展開で行列式を求めることに関して)
たくみ「中にはね、なんか他の方法でも習ったなー
って人がいると思うんだけどもー」— ①
生徒役「なんかネット用語のような公式でした」
「あー!先生先生!晒す、晒すの公式だ!みたいな」—②
たくみ「…」
「ファボゼロのボケすんな!(ベシッ)」—③
「晒す、えっと、サラスの公式だろ」
「もうね、こういう0点のボケをする人は
大学生活心配なんだよね。
大丈夫?友達いる?いない?」—④
「同じだね、じゃあ(笑)」—⑤
まず始めに注意すべきことは、
ミニコントが発生している点である。
動画中ではたくみ自体がボケている
と考える視聴者もいるようだが、
正確にはボケているのは生徒役たくみである。
具体的に、フリとオチの構造を考えるなら、
たくみの発言①がフリ、生徒の発言②がオチ、
たくみの発言③がフォロー(ツッコミ)である。
たくみ「中にはね、なんか他の方法でも習ったなー
って人がいると思うんだけどもー(フリ)」— ①
生徒役「なんかネット用語のような公式でした」
「あー!先生先生!晒す、晒すの公式だ!みたいな(オチ)」—②
たくみ「…」
「ファボゼロのボケすんな!(ベシッ)」—③
「晒す、えっと、サラスの公式だろ(フォロー)」
つまりこのコントは単なるボケではなく、
①〜③の時点でツッコミまで完了している。
ここで次のたくみの発言④に注目してみよう。
「こういう0点のボケをする人」とは
ファボゼロコント中の生徒役たくみである。
この仮想的な人物をAとしよう。
そしてAに対して、
「大学生活心配なんだよね。大丈夫?友達いる?いない?」
という問いかけることで、
そのようなAには友達がいないだろう
という予想を立てている。
つまり発言④はコント全体を踏まえ、
次のボケを呼ぶためのフリになっているのである。
そして最後の発言⑤は、
「(たくみ自身と)同じだね、じゃあ(笑)」
と自虐ボケに落としている。
以上から分かる通り、
ファボゼロコントは単なるボケではなく、
ボケの入れ子構造になっているのである。
この関係を模式図にしたものを図1に示す。
図1 – ファボゼロコントの構造
ファボゼロコントは単なるボケではなく、
フリ・オチ・ツッコミ全体をフリに
さらにボケをするという高度なものだとわかる。
考察
以上の検証から、ファボゼロコントは
お笑いとして高度な構造を持つ
ということが明らかになった。
この構造に似た手法に天丼があるが、
ファボゼロコントとは質的に異なる[11]。
天丼は、以前受けたボケをフリに、
全く同じボケを繰り返す手法であるが、
ファボゼロコントは単なる繰り返しではなく
全く新たなボケに昇華させている。
この点からも
たくみのボケが従来より高度であることがわかる。
また本稿とは趣旨が異なるが、
このコントで誰も傷ついていない
ということにも注目したい。
最初のやりとりは架空の生徒へのツッコミ、
最後のボケは自虐ネタでまとめている上に、
この自虐ネタもいわゆる「隠キャ芸」である。
「隠キャ芸」「理系ネタ」などは
そのコミュニティに属す人の性質を取り上げ、
あるあるネタの一種として消費する行為である。
これは一見誰かを傷つけているようにも見えるが
綾小路きみまろスタイルの一種であると言える。[12]
すなわち、
笑いの的になっているのは自分以外の誰かだ
と全員が思い込むことで全員が笑える
という状態である。
綾小路きみまろは中高年を相当イジるが、
誰もが自分のこととは思っておらず
会場の大爆笑を誘うに至る。
隠キャ芸にも同様の性質がある。
先日行われた2019年度のM1では、
ぺこぱが決勝進出しており、その漫才スタイルは、
「優しいツッコミ」「誰も傷つけない」
と称されている。[13]
2019年度のM1決勝戦が放送されたのは
2019年12月のことであるが、
たくみのYouTubeへの初投稿は2017年7月である。
このことから、ぺこぱよりも早い段階で
誰も傷つけないボケを多用していた可能性もあり、
これは今後の研究課題としていきたい。
結論
本稿では、
予備校のノリで学ぶ「大学の数学・物理」、
通称ヨビノリが動画内で行うボケの構造を、
既存のボケとの比較により明らかにし、
高度な構造を持つことを示した。
ヨビノリたくみの動画内のボケは、
ボケとツッコミのセット自体をフリにし
最後は自虐ボケに落とすという
入れ子構造を持つことがわかった。
以上の結果を踏まえて、
自分自身の動画の質の向上を図りたい。
参考文献
[1] 予備校のノリで学ぶ「大学の数学・物理」
[2]ヨビノリ:ファボゼロのボケ集①
[3]ヨビノリ:ファボゼロのボケ集②
[4]ヨビノリ:ファボゼロのボケ集③
[5]ヨビノリ:ファボゼロのボケ集④
[6]【大学数学】行列式の求め方(テスト対策)【線形代数】
[7]漫才-Wikipedia
[8]「オチ」よりも大切な雑談の技術 笑いをとるために大事な「フリ」
[9]笑いはボケやツッコミより『フリ』に注目|お笑い用語フリの実例5つ
[10]お笑いテキスト-ボケの種類 18種
[11]天丼とは(テンドンとは)[単語記事]-ニコニコ大百科
[12]綾小路きみまろさんのトークライブはなぜ面白いのか? ―中高年のアイドル漫談家―
[13] ぺこぱ『ノリつっこまない』誰も傷つけない新しい漫才スタイル!
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